社員が活躍できないのは社長の責任。

「濁水もまた水なり。一たび澄めば清水と為る。

客気もまた気なり。一たび転ずれば正気と為る。

逐客(ちっかく)の工夫は、ただ是れ克己のみ。ただ是れ復礼のみ。」

これは佐藤一斎『言志四録』の言志晩録第一七条に書かれた言葉である。

意訳すると、濁った水でも、水は水。一度澄みはじめるとみんな澄むようになる。

カラ元気も気である。それがある時、正しい気になるものだ。

そして、カラ元気を正気にする方法は、小さい欲や我欲に負けずにただ自分自身に勝つこと、礼に帰ることである。

この句は経営者のマネジメントにも当てはまる。水や気を「人」や「従業員」と置き換えてみていただきたい。

できない従業員もできる従業員も人は人。できない従業員でも使い方や育て方によって、一たびできる従業員になることがある。つまり、社長やトップ次第なのだ。

例えば、興味深い例として日ハムの太田泰二選手をあげたい。彼は読売ジャイアンツに期待の大砲として2009年に入団した。松井秀喜の再来とまで言われていた。しかし、ジャイアンツ時代は期待されながらもまったく活躍できなかった。2016年までの8年間で打ったホームランはわずか9本であった。

しびれを切らしたジャイアンツは太田泰二選手を放出。2017年に日ハムに入団することになった。ところがここで太田泰二選手が覚醒。2017年は年間15本のホームランを打ったのだ。2018年は14本打った。見事、チームには欠かせない中軸選手になった。

何が言いたいかというと、選手を活かすも殺すもトップや指導者次第であるということ。同じ選手なのに一瞬にしてこうも成績が変わってしまうのは何とも不思議である。

他、経営者で参考になる事例は、京セラ創業者の稲盛和夫氏であろう。業績不振だった日本航空の会長に2010年無報酬で就任した。着任後の翌期には営業利益1800億円の高収益企業に生まれ変わらせた。赤字続きだった日本航空をたったの3年足らずで再上場させたのである。

これなどもまさに清濁の水を決めるのはトップ次第という典型的な例である。

社長やトップはできない従業員を責めてはいけない。活かしきれない自分の才を見つめなおすべきである。